なぜ、性格に違いがあるのか
自分が友人や同僚と一緒にいるときに、感じることや、考えること、話すことや行動する内容にそれぞれ少なからず違いが生じます。
自分が面白いと思った映画を友達に話しても、全く興味を持たれなかったり、食べたいものが異なり何を食べるかで言いあいになったりしませんか。
なぜなのでしょう。
それは、それぞれが歩んできた人生において、過去に経験した内容が異なるだけではなく、その経験に対して選択した行動が異なるからです。
人は過去の出来事のせいで、無意識に決まった判断や考えをしてしまうのです。
これは、本人が全く気付くことなく勝手に表れてくることです。
例えば、友達にプレゼントをあげた時、その友達がとても喜んでくれ、お返しまでくれたなら、自分の嬉しい気持ちが満たされ、また次回もしようと記憶に残ります。
逆に、友達にプレゼントをあげた時、友達が興味を示さずにすぐに捨てられ、お返しもなかった場合、「もう2度とプレゼントなんてするか!」と思い、記憶に残ってしまいます。
月日が流れ、誰かにプレゼントあげようとした時、過去の経験が記憶の中にあり、無意識にその判断をしてしまうのです。
このようなことは、誰にでも起こりえることです。
それぞれ、違う色眼鏡で世界をみている
過去の経験が積み重なり、それぞれが異なる無意識の判断をすることで、性格があらわれます。
もう少し違う表現をすると、それぞれ違う色眼鏡をかけて世界を見ているのです。
その結果、全く同じ事実を見ていたとしても、それぞれ見ている世界の色に違いがあらわれます。
青の色眼鏡をかけた人は、白のキャンパスを見ても青のキャンバスに見えます。
別の例えだと、井戸水は20度で常に一定ですが、夏は冷たく、冬は暖かく感じます。
このように、状況ひとつで真逆の感覚になるのです。
それぞれが見ている世界は、違う色眼鏡で通しているため違いがあらわれます。
みんな、違うと認識するとその違いを許容できる
結局のところ、自分と全く同じ色眼鏡で世界を見てくれる人などいないのです。
ある意味それが、個性と言えるのでしょう。
そこで、自分と同じ意見や考えを求めるのではなく、意見の違いにイライラするのではなく、違って当たり前なんだと思えばストレスは軽減されます。
自分の考えとは全く合わない意見を言われた時でも、すぐに反発せずに心のなかで「へーそんなこと考える奴いるんだ」くらいに思って、聞き流すか、相手にしなければよいのです。
真っ向から受け止め、返す必要なんてありません。
そうすることで、これからの自分の生活をしあわせにすることができるのです。
このしあわせな自分作りのきっかけとなったエビソードをこちらで紹介しています。
あわせて読みたい